|
本能学区と京都画壇の日本画家の活躍と足跡をたどって |
|
| 7月6日 本能学区橋東詰町の方より、今年の祇園祭りの絵はがきにて、お便りを頂きました。宵の月鉾です。月鉾屋根裏には円山応挙筆の金地彩色草花図、天井には岩城九右衛門筆の金地彩色 源氏五四帖扇面散図、そのほかにも一流の画家の作品揃いで、動く美術館とも、言われております。 そこで私、本能学区と京都画壇の日本画家の活躍と足跡をたどってみたいとおもいます。 |
|
| 西村 五雲 にしむら ごうん
明治10年(1877)〜昭和13年(1938) |
|
|
西村 五雲 鶴 |
|
| 山口 華楊 やまぐち かよう
明治32年(1899)〜昭和59年(1984) |
|
|
山口 華楊 松 |
|
| 西村 五雲・ 山口 華楊 両画伯の作品 祇園祭の機会に学区のお宅 屏風 展示されており拝見させていただきました お話しをお聞きしましたところ、西村 五雲画伯 山田町にお住まいであったと、画伯の姪(めい)子さんは 本能小学校の教諭を務められていたと(西村 正子先生 昭和9年3月に着任) 山田町の方よりご主人も教え子でしたとお話がありました。 西村 五雲 本能小学校 大正12年4月 校舎の新築に際しては、学校から卒業生の西村 五雲に依頼、竣工時に画伯より寄贈されました 元本能小学校所蔵 油断大敵 兎と亀 軸 絹本着彩 600 x 710 mm 山口 華楊 明治45年 格致尋常高等小学校を卒業 昭和49年 格致小学校創立105周年記念に 凝視 ライオン 額 絹本着彩 1682x 1350 mm が画伯より寄贈されました 元格致小学校所蔵 京都市学校歴史博物館編さん誌より 西村 五雲は地縁(地元とのおつきあい)を大事にされた方で、小学校教育にもたいへん熱心な作家でした 晩年 元春日小学校に近い、新烏丸通丸太町上るに住んでいたと 春日校の校医をされていた故人が五雲の 鯛車の軸を所蔵されておられ、春日小学校 統合閉校時に、これまで動かしたことのない大型戸棚の上から掛軸がでてきました 画題は 神鹿 図で 何故 神鹿なのか 箱書きから五雲がつけたものに間違いなく、春日神社のお使いである鹿は校名とも関係あるが その由来を知らねばならない 現在の丸太町通は平安京で春日小路に大体該当する 烏丸通椹木町下るに春日町があって、この町に 春日明神の小社があったという 五雲は春日明神のお使いとして 神鹿を描いたのであろうと言われております。 |
|
| 梥本 一洋 まつもと いちよう
明治26年(1893)〜昭和27年(1952) |
|
|
|
|
梥本 一洋 菅原 道真 新道校所蔵 |
梥本 一洋 木花咲耶姫(このはなさくやひめ) 下鴨校所蔵 |
| 本能小学校卒業のころに、油小路綾小路南561に引越しされています。 作品 本能学区の方が所蔵されており、毎年 9月 萩の咲く季節にお店に展示されています 平成13年(2001)10月2日から11月4日まで 京都文化博物館にて、没後50年 京都画壇 王朝文化の美を描く 梥本一洋展 開催され 私 見にゆきました ただ残念なことがありました 前期 後期と作品の展示がわけられており、後期のみの見学となりました。 取材に際しましては、学区の方 屏風(びょうぶ) 快く撮影させてくださり、京都市学校歴史博物館の学芸員の方も快く、協力くださり、感謝もうしあげます。 追談 西村 五雲の師匠 竹内 栖鳳は元治元年(1864)御池通油小路の料亭のひとり息子として生まれた。本名は恒吉、油小路は、著名な画家が誕生されたストリートです。 最後に本能閉校記念誌 輝ける124年のあゆみ71頁で西村 五雲 山口 華楊画伯の作品の公開されたことが掲載されています。 平成19年7月23日 山田町 村田 茂雄 |
|