本能あれこれ

 
  

  

 

  

京都市立本能小学校は、明治2年11月26日下京2番組として創設されました。
本能学区は東西420m、南北651mの短形をなし、22町からなっています。東は西洞院通をもって、元明倫学区に西は堀川通をもって、元乾学区に南は四条通をもって、元格致学区に北は三条通をもって、元城巽学区と境しています。(本能校百年史学区の沿革より)
 蛸薬師通小川の西南角にある、此附近本能寺址の石塔は、大正4年11月京都市教育会建立寄付者本能自彊会です。昔からのガイドマップにはこの石塔にて案内されていますが、最近観光客の方が持参されているのには、油小路通の石碑も案内されています。
 この地で、土地改修中に、地中より本能寺の菊形鉄水盤(天正5年釜師 辻 与二郎作)が発見され、久しく本能校に保存されていましたが、のちに伏見桃山城の陳列室に移されて保管されていましたが、本能校閉校時に、寺町にある本能寺へ移されたと京都市学校歴史博物館の学芸員の方から、お話しを伺いました。(本能寺の変は1582年 天正10年6月2日未明におきました。)
8月29日本能寺さん訪問。 御坊よりお話しを聞き、宝物殿にて十六花弁菊形鉄水盤見学、法華宗大本山本能寺宝物図鑑を買い求めました。
 京都の区画は明治元年8月番組を定め、二条以北を上京とし、二条以南を下京としました。明治2年1月に 番組改組により、三条以北を上京とし、 三条以南を下京としました。中京区は 昭和4年4月に人口158,000人をもって、左京・東山区と共に誕生しました。それまで京都市は上京・下京の二区制がとられてきました 

平成19年9月5日

                    山田町      村田 茂雄

本能寺の変 当時のお寺 想像図

  

   

法華宗 大本山 本能寺

  

  

 

       ***   十六花弁菊形鉄水盤   ***

     辻 与二郎
     鋳 直径 44.3cm
     高さ(台とも)36cm
     台座高さ 11cm
     1577年 天正五年 丑 二月 陽鋳

伏見宮の出身である日承王聖人の持ち物と考えられています.
辻 与二郎は金大工として三条釜座に住み、鋳釜で有名。特に千利休に愛され織田信長・豊臣秀吉に保護され のちに秀吉よ 天下一の称号を贈られた。与二郎の在銘作品中一番古いのがこの鉄水盤です。
本能小学校の校宝とされていましたが伏見桃山城に保管され、本能校閉校時に本能寺に移されました。
どうして、このように重く大きな鉄水盤が必要なのかは、仏前に相当大きな立花を立てたのであろうと言われています。