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7月4日回覧板にて愛宕神社の御札の斡旋がありました。そこで火迺要慎をとりあげたいとおもいます。
毎年7月31日は千日詣り 京都に火事が少ないのは愛宕さんのおかげどす。
京都ならどこのご家庭の台所でも見かけますほんまに京都人の火事に対する意識の高さのあらわれですけど、そうは言わへんところが京都人です。また念には念を入れて火の始末をする京都人のしつこさで、京都のまちを火から守ってきたのです。
愛宕神社は火除けの神(右京区嵯峨愛宕町1)
全国に800以上ある愛宕神社の総本山愛宕大権現として有名です。
本来の姿は勝軍地蔵とされ、軍に勝つ地蔵という意味から、その石仏はヨロイとカブトを着け錫杖等を持つ姿をしています 本能寺の変の前に明智光秀が愛宕権現の一坊威徳院を5月27日に参籠しています。このことでも勝軍地蔵であることがうなずけます。
日本で最初に祀られた火難除けの神として三宝大荒神さんがあります。
摂津勝尾山の地から明徳元年(室町時代1390年ご参考に応仁の乱は1467年にはじまる)に洛陽醒ヶ井高辻の地に遷座され、清荒神(きよしこうじん)と称ぜられました。現在天台宗提境山観音寺として祀られています。
明徳3年御所守護のため東南の地に遷座清荒神(きよしこうじん)正式名天台宗護浄院(ごじょういん)上京区河原町通荒神口西入る荒神町として国家安泰・五穀豊穣・火難即滅・日常生活の平穏を祈願、一般のご家庭での火の守護神として最浄所の意味で炊事場の上に崇め祀っております。境内には京都七福神のひとつがあります。
余談 観音寺さん戦時中 軍の命令により格致小学校講堂の地から旧JR二条駅で駅舎の移動があったように、観音寺さんも現在地に移されたと住職よりお話がありました。
町名も荒神町で、自治会としては仏光寺通の喜吉町と一緒に、喜吉荒神町として活動されています。
取材に際しては林龍昇堂さま快く台所撮らせてくださり観音寺住職護浄院の奥様とも快く説明くださり感謝もうしあげます。
最後に本能消防分団さんの日頃からの熱心な活動に敬意を表したいとおもいます。
平成19年7月7日
山田町 村田 茂雄
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